アカデミー賞と社会問題の関係性

第44夜「アカデミー賞の歴代の受賞作品を観よう」

今宵のテーマは「アカデミー賞」。
SFもホラーも宗教もスポーツも
政治もコメディも、トランプ批判も。。。

映画 「サウンド・オブ・ミュージック」 音楽は人を救済する

監督:ロバート・ワイズ
脚本:アーネスト・レーマン
原作:ハワード・リンゼイ、ラッセル・クローズ
日本公開:1965

〈Story〉
修道女見習いのマリアは、厳格なトラップ大佐の7人の子供たちの家庭教師となる。マリアは歌を通じて子供たちの心を掴みますが、16歳の長女リーズルは、配達員の青年ロルフと密かに恋をしている。一時は大佐への恋心に悩み修道院へ逃げ帰ったマリアでしたが、修道院長の励ましで再びトラップ邸へ戻ります。大佐はマリアへの愛を確信し、二人は結婚。
リーズルたち子供たちも、マリアを新しい母親として心から歓迎するが、ナチス・ドイツによるオーストリア併合が一家の運命を一変させる。リーズルの恋人ロルフはナチスの親衛隊員となり、リーズルに対して冷淡な態度を取るようになります。
愛国者である大佐はドイツ軍への出頭命令を拒否。一家は自由を求めてスイスへの亡命を決意する。。。

〈受賞〉
第38回アカデミー賞:作品賞・監督賞・編集賞・音楽賞・録音賞
第23回ゴールデングローブ賞:ミュージカル・コメディ部門 作品賞

サウンド・オブ・ミュージック

配信で見終わったら、深夜の1時。インターミッションがあっても、意外と短く感じました。

3時間近くありますけど、ほんと長く感じませんよね。
僕は小学5年の音楽の授業で観ました。
あまりに面白くてびっくりして。
2週に分けて上映されたんですけど、
「終わっちゃうの?」って、みんな本気でブーイングしました。

中学生の時にリバイバルを劇場で観て、あの音楽のレベルの高さが衝撃でしたね。

どの曲が好きですか?

僕は「My favorite things」から教わった。
悲しい時や苦しい時に、好きなものを想像するのを試していたね。
好きなものを思い浮かべたり、頭の中でリストアップしたりするのは、良い方法ですよ。
映画では、雷が鳴って怖くなった子どもたちがマリアの部屋に集まってきて、マリアが歌ってあげる。

「My favorite things」は、「京都に行こう」のBGMで初めて知りました。
私も好きな曲はこれですね。曲調が好きです。

リズムがいいね。

長女リーズルが歌っていたのは「もうすぐ17才」ですね。

リーズルとロルフが東屋の中で踊るシーンね。
初恋が燃え上がる。
雨に降られて東屋に逃げ込むから、あそこで二人になれます。

撮影の時、リーズル役のシャーミアン・カーが足首をガラスで切って怪我をして、包帯を巻いていて。昔のビデオだとそれが映っているみたいです。

消さないでほしいね。

僕はいろいろ好きで、マリアが自分の恋心に気づいて修道院に帰った時、
修道長が歌う「全ての山に登れ」が好き。
高かろうが低かろうが、どんな山でも登りなさい、
困難に打ち勝つために進みなさい、っていう歌詞が胸に響きました。
最後にトラップ一家が山越えをしてスイスに向かう場面でも、この曲が流れます。

大佐とマリアの慕いあう気持ちに気づいたエルザが身を引くところがいい。
プライドを捨てず、未練を見せず、冷静を装って去っていく。

都会の女ですね。

「Maria」の歌詞が面白いね。マリアがどんなキャラクターかって歌う。

褒める歌詞もあれば、ちょっと色々言うことが違っている。

「Maria」が大聖堂の結婚式のシーンに流れると思わなくて、面白かった。

あと、めちゃくちゃ有名な「ドレミの歌」。
5年ほど前に「午前10時の映画祭」で観たら、
自分が知っている歌詞と違うのにびっくりした。

ドは雌鹿(Doe)、
レは光線(Ray)。
ドーナツでもレモンでもないの。
日本語訳だけでも何種類もあって、一番有名なのが、ペギー葉山バージョン。

英語版だとミーが自分(Me)。
ファーが遠い(Far)。
ソが縫物(Sew)。
ラは、英語版だと「ソの次の音」って、ずるい。

一回、スカす。

その次がシじゃなくて、ティで、
パンと一緒に飲む紅茶(Tea)。
あれって、イタリア語だと「Si」で英語だと「Ti」だそうです。
そういう日本語とのギャップが面白い。

これだけの歌が認知されているのがすごい。
泣いたシーンは意外と「ドレミの歌」のところですね。
なんでしょうね。音楽の喜びに触れた感覚。

子どもたちは、お父さん、トラップ大佐に音楽を禁止されていて、マリアから音楽の本質を教わります。

軍隊のように規律に従ってしつけられていた子どもたちが、マリアと音楽の力で生き生きとしてくる。
まさに『スクール・オブ・ロック』と同じメッセージですね。

初めて音楽を教えるときに、「言葉で言うABCですよ」と解くのもうまいね。
歌いながら、調子に乗ってね、
みんなを何回も連れ出して、最後は木に登ってしまう。

マリア本人が映画に出演しているんです。

何かで読みました。「ドレミの歌」の街中シーンで後ろを通っていた。

ジュリー・アンドリュースは、ギターが弾けなかったみたいで、撮影のために猛特訓したそうです。
「ドレミの歌」のシーンで、歌いながら弾くのは大変だったとか。

元々舞台版の「マイ・フェア・レディ」で主役を演じていたけど、
映画化されたらヘプバーンに取られちゃって、悔しい思いをしていた。
それでも、1965年の第37回アカデミー賞で『メリーポピンズ』で主演女優賞を獲ります。

子役と仲良くなるために、彼女が「メリー・ポピンズ」の劇中歌「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」を歌ってあげて、「メリー・ポピンズ」の公開前だったので、子どもたちはジュリーが作ったって勘違いしたとか。

あれはシャーマン兄弟が作った曲。
昔のディズニーを支えていた音楽家たち。

『サウンド・オブ・ミュージック』に戻ると、「エーデルワイス」は、ロジャース&ハマースタインの楽曲だけど、あの曲もいい。

終盤のザルツブルクの音楽祭で
オーストリアを思う愛国家として大佐が歌っています。
この映画で作られた曲です。

バイバイするときの歌「さようなら、ごきげんよう」もありました。

パーティシーンでは、
2階へ帰る子どもたちに、
下から大人たちが手を振ってくれます。

ザルツブルクの音楽祭では、
本当の「さようなら」と知らずに観客が聴いている。

「The Sound of Music」っていう曲も印象的です。

冒頭で流れるのがいいですよね。
オーストリアの雄大な景色、山とか川が映ったあと、草原に立つジュリー・アンドリュースに寄って、テーマが流れます。

ヘリコプターで撮っているので、
周りの人が入らないように苦労したそうです。
ロバート・ワイズ監督は、木の上に隠れて、ヘリコプターのカメラマンに指示を出した。

ヘリコプターの風圧でジュリー・アンドリュースが飛ばされるので、何回も撮り直したとか。

今と機材が違うから、難しい撮影です。

リマスターされていて、めちゃくちゃ綺麗でした。

オーストリアの天気が不安定で、3日間雨が降ったら、3日間晴れるという周期的に天候が変わって、だいぶ撮影に苦労したみたい。

例えば、修道院の室内のシーンでは、天気が悪くて屋外撮影できないので、現地のスタジオにセットを運んで撮影した。

また、トラップ一家の庭のシーンと、後に続く室内シーンで、天気の関係で室内を先に撮ったのを、違和感なく繋がるようにしたそうです。

ロバート・ワイズ監督は、元々編集の人だからね。

「市民ケーン」の編集に携わりました。編集ってすごいですよね。
長いフィルムを切って、くっつけて。映画の仕上がりが良くも悪くも、その人のセンス次第じゃないですか。

この映画の受賞歴は、作品賞、監督賞、編集賞、音楽賞、録音賞。
この映画では編集をロバート・ワイズがやってない。
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ロバート・ワイズは、この4年前の第34回アカデミー賞では
「ウエストサイド物語」で、作品賞と監督賞を獲っている。

2本ミュージカル映画を撮っているけど、意外とミュージカル映画の人じゃなくて、SF作品が好きなのね。

『砲艦サンパウロ』を撮りたいがために、『サウンド・オブ・ミュージック』の監督を引き受けたとか。

今回観て、思ったのは、冒頭にロングで撮って、最後もロングで引いていく。
あれって、神の視点でこの物語を見てたんやね。
修道院の話もあるしね。
だからロングが必要やった。

俯瞰ショットって、確かに神の視点。

神がナチスも見ているし、オーストリア併合(アンシュルス)も見ているという視点なのかもしれない。

Eくん

年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。

キネ娘さん

卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。

検分役

映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。

夕暮係

小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で劇場デビュー。開演に照明が消え気分が悪くなり退場。初鑑賞は、あーなんと約3分でした。シネマの黎明期から最新作までの系譜を追求。

ジュリー・アンドリュース
クリストファー・プラマー
検分役の音楽噺 ♫

『サウンド・オブ・ミュージック』は僕も大好きな作品の一つで、2025年には全国の劇場で60周年記念でリマスター版の上映もありましたが、スケジュールが合わず観に行けなかったのが残念。でも、4HDのBlu-rayセットは購入済みです(笑)
本作のサントラも有名なナンバーが幾つも収録されているので、公開時からずっと売れているベストセラーサントラになっています。

本作では主演のジュリー・アンドリューズが美しい歌声を披露していますが、数多くのハリウッド製ミュージカルにおいて、陰の力持ちともいえる方がおられました。
それが、マーニ・ニクソンです。

彼女は多くのミュージカル映画で主演女優の歌声の吹き替えを担当しました。 たとえば『王様と私』(56)のデボラ・カー、『ウエスト・サイド物語』(61)のナタリー・ウッド、『マイ・フェア・レディ』(64)のオードリー・ヘプバーンの歌声は、すべてマーニ・ニクソンの歌声なのです。
ただし、当時は彼女が吹き替えしていたことはトップ・シークレットになっていて、当然クレジットにその名前が挙ることはなく、いわばゴースト・ライターならぬゴースト・シンガーでした。
しかし、後年、デボラ・カーがインタビューでマーニ・ニクソンの名前を明らかにしたことで、ようやくその存在がクローズアップされたのでした。

『サウンド~』でのジュリー・アンドリューズの歌声は、ジュリー本人のものですが、彼女とマーニ・ニクソンとはかねてから親交があって、本編ではシスターの一人として俳優として出演。
クライマックスでトラップ一家をナチスの手から逃すシーンで活躍といえばおわかりになるかも。

マーニ・ニクソンについては、数年前にドキュメンタリーが製作されましたが、個人的には彼女を主役とした伝記映画が観たいですね。
ちなみにマーニ・ニクソンは何度か結婚していて、最初の結婚相手は『渚にて』(60)、『栄光への脱出』(61)などの音楽を担当した作曲家アーネスト・ゴールド。

いろんな意味でドラマティックな彼女の生涯(2016年に死去)、最近、実在のミュージシャンの伝記映画がコンスタントに作られているので、ひょっとしたら、とは思っているのですが。

マーニー・ニクソン

映画 「スポットライト 世紀のスクープ」 記者の視線が照らす闇

監督 トム・マッカーシー
脚本 ジョシュ・シンガー、トム・マッカーシー
製作 マイケル・シュガー、スティーヴ・ゴリン、ニコール・ロックリン、バイル・ペイゴン・ファウスト
日本公開:2016

〈Story〉
2001年、ボストン・グローブ紙の新編集長バロンは、精鋭取材チーム「スポットライト」に対し、ある神父による児童性的虐待事件の調査を命じる。当初は単発の事件と思われたが、リーダーのロビンソン率いるチームが取材を進めるうち、カトリック教会が組織的に虐待を隠蔽し、加害神父を異動させて被害を拡大させていた実態が浮き彫りになる。
チームは9.11テロによる中断や、カトリック信者が多いボストン特有の社会的圧力・妨害に直面しながらも調査を続行する。膨大な資料から虐待に関与した神父のリストを作成し、枢機卿が事件を知りながら黙認していた決定的な証拠を掴む。。。

〈受賞〉
第88回アカデミー賞:作品賞・脚本賞
第72回ヴェネツィア国際映画祭:ブライアン賞・シルバーマウス賞
第19回ハリウッド映画賞:脚本賞
第25回ゴッサム・インディペンデント映画賞:作品賞・脚本賞・特別賞
第9回デトロイト映画批評家協会賞:作品賞・助演男優賞・アンサンブル演技賞
第20回サテライト賞:作品賞・監督賞・キャスト賞
第50回全米映画批評家協会賞:作品賞・監督賞
第68回全米脚本家組合賞:脚本賞
第69回英国アカデミー賞:脚本賞
第31回インディペンデント・スピリット賞:作品賞・監督賞・脚本賞・編集賞・アンサンブル賞

2025年4月21日、ローマ教皇フランシスコが亡くなったっていうニュースが飛び込んできました。
フランシスコ教皇は左寄りで、同性愛者も人として認められるべきと主張したり、2019年に広島に来て、核廃絶の演説をした人です。

教皇が亡くなった後、次の教皇を選ぶのが「コンクラーベ」。
ラテン語で「鍵と共に」。
教皇が決まるまで、枢機卿や競合候補の人たちは缶詰状態で、建物から一歩も出られなくなっちゃうから「鍵とともに」。
それを描いたのが『教皇選挙(2025)』。

観ようか、迷っていました。

次の教皇候補を議論するシーンで、今のカトリックは問題が山積みになっているから、それを解決できる人が良いと、ある人が言う。

問題の一例がカトリックの児童に対する性加害事件。
それを真正面から取り上げて、記事にした記者たちを描いたのが『スポットライト 世紀のスクープ(2016)』です。

教団を訴えるっていう話なのに、教団側のドラマが出てこないよね。
記者の話が中心です。

その目線ですよね。見てない人たちに想像させる。

記事にしたこともすごいけども、その人たちを映画にしたのもすごいね。

マサチューセッツ州ボストン市の地元新聞社「ボストングローブ」に勤務している4人の記者が主人公。
「スポットライト」は、ボストングローブが出している新聞で特集記事のコーナー。
そこではいろんなテーマを数ヶ月間で取材して、それを1年間、取り上げる。

カトリックの性加害事件を取り上げたのが2002年。
以前から報告は上がっていたけど、教会の隠蔽で表沙汰になっていなかった。
この「スポットライト」で取り上げたことで、世界中から被害者の声が上がって、賠償金が日本円にして1,000億円となりました。

この映画は2016年、第88回アカデミー賞の作品賞と脚本賞を受賞しています。
ちなみに作品賞候補は
『レヴェナント: 蘇えりし者』、
スピルバーグ『ブリッジ・オブ・スパイ』、
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』、
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』、
『オデッセイ』、
『ブルックリン』、
『ルーム』。

一番静かな作品です。

アクションが多いですね。

ボストン・グローブが記事にしたきっかけは、ゲーガン神父が数十年間にわたって行った子どもたちへの性加害。

被害者団体の代表に話を聞くと、ゲーガン神父の他にも子どもへの虐待を行った神父がいる。
その神父たちの弁護士に話を聞こうとしても、「秘密保持契約があるから話せない」と突っぱねられる。

新聞社には、ボストン市のカトリック教会に関する本があり、神父の任務先ブロック、任期が記録されていました。

通常、神父は一つのブロックを8年ほど担当しますが、ゲーガン神父は2、3年ごとに転任している。
理由は「病気療養」とされていました。

そこで、ゲーガン神父以外にも、
短期間で「病気療養」を理由に転任している神父がいれば、同様の性加害者ではないかと推理する。

もともとはゲーガン神父の問題として始まった取材が、やがて教会全体の問題へと広がっていきます。

教会は、ゲーガン神父による子どもたちへの虐待に気づいていたにもかかわらず、資格を剥奪せず、事実を伏せたまま転任させ、放置していた。

ゲーガン神父は1970年から2000年までの30年間、ボストン市内にとどまり、その間の被害者は推定約200人。

他の加害神父は約90人とされ、劇中には姿を見せないが、カトリック教会研究者の推定人数と一致する。

地道な取材が、次第に巨大な問題へとつながっていく過程が描かれています。

記者の中でも意見が途中で分かれて、神父ひとりを記事にするのか、隠蔽した教会を記事にするのか、どこまで裏が取れるのか。
加害者が90人判明したから、この時点で記事にすべきか、とか。

「他の新聞社にも出し抜かれちゃうから、今のうちに記事にしよう」
「いや待て、もうこれは本当もっと大きい問題だから、もう少し調べよう」
って、言い合うシーンがありました。

そうこうしているうちに米同時多発テロが発生します。

そのために、取材から数ヶ月ぐらいで一時中断しちゃうけど、結果的には翌年の1月に新聞記事として出す流れになります。

昔被害に遭った男性の手首に注射の跡がある描写がある。

トラウマを抱えた人たちは、酒や薬物に依存する人や、自殺してしまう人も多いという。しかも、これが映画のフィクションではなく、実際にあった事件です。

「スポットライト」の編集デスクであるロビーが終盤でショックを受けるシーンがあります。

劇中には何人か弁護士が出てきますが、そのうちのエリックは、ゲーガン神父以外の神父による性被害の弁護人をしていた人物です。

彼は教会側の弁護士とうまく話をつけて示談に持ち込み、被害者たちに、金銭を受け取る代わり、「この件は訴訟しない」「口外しない」という約束をさせていた。

ロビーはエリックに詰め寄り、「君の悪事も公表するぞ」と迫る。

するとエリックは、かつてある性加害事件を担当した際、被害者が20人ほどにのぼり、とても自分一人では抱えきれないと感じ、メディアの力を借りようとしてボストン・グローブに情報提供していたことを告白する。

しかし当時、社はその情報を真剣に取り上げなかった。
結局、自分は示談に持ち込むしかなかったと。

その話を聞き、当時ボストン・グローブで情報提供窓口の部署にいたロビーは、自分も別の取材に追われていて、その件をないがしろにしていたことに気づき落ち込む。

自分たちは隠蔽したわけではないかもしれない。
けれど、問題を本気で取り上げてこなかったという責任はある。

真っ白じゃない。みんな何か不足を抱えているよね。

クリーンな人なんていないですよね。

でもね。改めようと思ったときにやればいい。

スポットライトチームの人は、みんなが触れたがらない問題を取り上げて、ピューリッツァー賞を受賞するような人たちですが、彼らを等身大で描いています。

女性記者サーシャのおばあちゃんがカトリック教徒で、記事がおばあちゃんの希望を打ち砕くことにならないか、葛藤します。
マイクも取材を通してカトリックへの信仰心が揺らいで、悩みます。

「教会と信仰は別物」というセリフが出てきます。

ラストは、新聞で記事を公表したあと、会社に電話がかかってくる場面で終わる。
「自分もこういう被害を受けました」という被害者からの電話が鳴り止まない。

この記事が出たあと、250人の神父が告発され、被害者は当時の推定で1,000人にのぼると、最後のクレジットに示される。

さらに、報道後に性加害事件が発覚したアメリカの都市の名前が次々と示される。
アメリカの都市だけでも100件を優に超えている。
つまり、ボストンだけの問題ではなかったということです。

賠償金の支払いで破産した教区もあった。
地味な作品ですけど、僕はこういう映画が好きですね。

いや、面白い映画だね。
記者として、やるべきことが次々に出てくる。
行き詰まったら、また次の道を考える。

『スポットライト カトリック教会の大罪』という本には、当時の新聞記者たちが調べた出来事がまとめられてます。

映画の中では、被害者家族が、ゲーガン神父の上司にあたるロー枢機卿に宛てた手紙が出てきます。

ゲーガン神父が自分の息子にひどいことをした、とても神父とは言えない、と告発する内容です。

その手紙や写真も本に掲載されている。
つまり、教会側は神父が子どもたちに悪いことをしていると知っていたのに、それを隠蔽し続けていた証拠になるわけです。

僕たちも社会的な問題をきちんと見聞きして、自分の頭で考えるくらいのことはしないといけないなと、改めて感じました。

そういう構え方は大事ですね。

マーク・ラファロ
マイケル・キートン

(対話月日:2025年4月24日)